認知されていない先端技術を紹介します

神様はチェスが好き?
神様はサイコロを振らない?
量子力学と現実世界について

相対性理論は誰でも理解できるが、

量子力学がわかってるというやつは嘘つきだ。

もしも量子力学を理解できたと思ったならば…。

それは量子力学を理解できていない証拠だ。

上記が誰の言葉かご存知でしょうか?

これは物理学者、リチャード・フィリップス・ファインマンの言葉です。

「リチャード・フィリップス・ファインマン」の画像検索結果
リチャード・フィリップス・ファインマン

続けて紹介します。

数学や物理というのは、

神様のやっているチェスを横から眺めて、

そこにどんなルールがあるのか、

どんな美しい法則があるのか、

探していくことだ。

神様のやっているチェス“という表現が素敵ですね。

物理学者というのはリアリストな印象があるので、

このような言葉が出てくるのは不思議ですね。

ところで最近話題になっている、

この世の中が仮想現実である

という説をご存知でしょうか?

身内が、

この世の中は誰かが作った仮想現実である!

だなんて言い始めたら、

引いてしまう人が多いと思います。

ここはゲームの世界じゃなくて現実だし…、

トンデモ論を言ってる暇があったら家事の一つでもしてよ。

と思うかもしれません。

だから、周りにそういうことを言う人はあまりいませんよね。

ところで私たちがゲームをプレイするときに、

操作しているキャラが

この世界は開発者によって作られている

と発言するでしょうか?

メタネタでの発言はあるかもしれませんが、

基本的にゲームキャラはゲームキャラとして、

自分の存在を疑うことなく行動しています。

その点で我々と彼らはイコールです。

「だって、ゲームはドットだし。3Dグラフィックだとしても、

なんとなくゲームってわかるよ」

そういう方もいるかもしれません。

たはは…(^^;)

専門家たちの多くは、

コンピュータの技術は今の数百倍にまで進歩する

と予測しているみたいです。

今の段階のコンピューターやVRを考えてみてください。

その数百倍です。

すごいですね。

そこまでいったら知性を持ち始めます

(知性とはなにかという疑問は置いておき)
でも仮に100年後の仮想現実の中にいる人物に知性が与えられても、

でも仮に100年後の仮想現実の中にいる人物に知性が与えられても、

自分たちがゲームの世界に住んでいるとは気づかないと思います。

(考えないようプログラムするからです。)


2016年夏、イーロン・マスクは、

「我々が住んでいる世界がVRでない可能性は100万分の1に過ぎない

と述べました。

VRじゃない可能性ですよ。

イーロン・マスクは自分が仮想現実にいるとほぼ確信してるんですね。

ゲームのグラフィックはリアリティがないから…

という意見があると思いますが、

私たちが生きているこの世界よりもリアルなグラフィックの世界

(まるっきり想像できませんが…。)

で我々は開発者やプレイヤーに見られているかもしれません。

現実と非現実の話としてプラトンは、

イデアという概念を提唱しています。

これは肉眼で見えない、ものごとの完璧な姿を表します。

もしあなたに、完璧な三角形を書いてほしいと言った場合、

あなたはどう書きますか?

丁寧に書こうとしますよね?

でも、いくら努力しても、完璧な三角形は書けません。

寸分の狂いもない正確な図形は書けないのです。

完璧に近づくことはできても、到達はできないのです

イデア界にある完璧な図形を想像して、

それに近いかで判断しているだけにすぎないのです。

また、プラトンは洞窟の比喩という比喩で、

イデアを説明しようとしています。その比喩はこうです。

地下に住んでいる人々がいます。

子供のころから手と足を縛られ振り向くこともできません。

遥か後ろには火があります。

後ろで、動物や人の模型を用いて影を作る人がいます。

人々は、影を実態と思いこんでしまいます。

奇妙なたとえ話ですが、イデア論の説明の際によく用いられます。

ここでゲームの話をしましょう。

たいていのゲームでは、

プレイヤーが認識していない領域にいるモブキャラは、

グラフィック上で存在していません。

ハナダシティで主人公がジムリーダーを倒している間に、

マサラタウンの母親がトキワタウンに買い物に行ってて…。

とかそういうことはありえないのです。

プレイヤーが家に入り、観測した瞬間に母親は存在し動き始めます。

ゲームのメモリは有限ですから、仕方ないのです。

物分かりがよい人達で助かります。

かなり横道にそれましたが、現実の話に戻ります。

量子力学で二重スリット実験というものがあります。

分子はよくピンポン玉に例えられますよね。

2本縦にスリットがある壁に向けて、

無数の球体を発射すると2本の縦跡が作られます。

同じ条件で波をぶつけると、くっきりと干渉縞が現れます。

スリットを通った波と波がぶつかり合うからですね。

では、 粒子である量子や光子を発射するとどうなるでしょう?

波をぶつけた時と同じく干渉縞ができるんです。

下記図の一番下の状態になります。

なんで粒子なのに波としてふるまうのだろう…。

気になったので、測定装置を置いてみて同じ実験を行います。

すると今度は、見られちゃったからしょうがない…。と言わんばかりに

波でなく粒子としてふるまい始めるのです。

(上記の図でいう2番目の状態)

観測しない状態→波 観測している状態 →粒子

と変化するのです。

観測するか否かで波が粒子に変わってしまうだなんて、

そんなん、トイストーリーを荒唐無稽やろwって笑えないですよね。

でもこの謎はまだ解明されていないんです。

人が見てない間は動くけど、見てる間は動かないことで有名なおもちゃ

見られていない状況では波としてふるまうけど、

見られている状況では粒子としてふるまう。

観測するか否かで存在が変化する。

これ、マサラタウンの母親にも通じますよね。

(現実世界において粒子が波としてふるまうことが、

メモリ削減につながるかはわかりませんが・・・)

これらの事実を知ると、

この世界がゲームでないことを証明することのほうが難しいですね。

疑いだすとキリがありませんね…。

デカルトは

「我思う。故に我有り」

という言葉で、

あらゆるものの存在は疑わしいけど、

疑っている自分はまぎれもなく存在している、と証明しましたが…。

とはいえ今の段階でこの世の中は仮想現実だ!と主張しておけば、

この世の中が仮想現実であることが証明された時

かっこいいと思われるので得だと思います。

証明されたらイーロン・マスク滅茶苦茶かっこいいですよね。

最後は、

リチャード・フィリップス・ファインマンの名言で終えたいと思います。

僕は疑いや不確かさを持ったまま、

そして答えを知らないまま生きられるんだ。

まちがってるかもしれない答えを持つより、

答えを知らないで生きるほうがよっぽどおもしろいよ。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

おすすめ記事

登録されている記事はございません。

RSS 世界受